2016年4月1日(金)

● 井上昇のいすの話-57 Part 7

 2016年も4月。時間の経つのは速いですね。前の椅子の話してからまたまた3ヶ月経ってしまいました。桜も満開。春はまたリセットの季節です。西新宿の東京ガスが運営するパークタワーOZONEに私の会社の製品「腰の椅子・Awaza」の直営のショールーム「椅子とテーブルのギャラリー」オープンしてから1年と3ヶ月過ぎました。ギャラリーには以前からの「工房家具ギャラリー匠の杜」の仲間と新しく参加された彫刻家具と介護椅子の新しい仲間も増えて5つの工房、作家仲間のシェアースペースとして活動しています。

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パークタワーOZONE「椅子とテーブルのギャラリー」

千葉工業大学での特別講義

椅子のビジネス「独立自存の仕事」

 椅子のビジネスの話に戻ります。近年の私の仕事・活動は以前ほど講演依頼は少なくなり(大学の特別講義とセミナーなど年に2〜3回)、一番の仕事は私の会社である、株式会社いのうえアソシエーツの椅子の開発と販売のフォロー。そして、相変わらずの18年続いている椅子の設計のノウハウを学べる「椅子塾」が中心です。この2つの仕事は共通性があります。独立自存の仕事です。

 この2つの仕事、1:Awazaの開発と販売、2:椅子塾は両方とも外部から依頼されてする仕事ではなく、すべて自主企画の仕事です。すべて自分で企画し、自分で作り、宣伝し、自分で販売まで、全部、自分で行動していく仕事なので自分でアクション、行動を起こさない限りなにも始らない、収入に結びつかない仕事です。そのかわり、全く外部のクライアントに頼らず、縛られず、時間に拘束されず、何をやるか、自分で自由に選択し、自由に行動できることで自分の好きな仕事を誰に気兼ねすることなく、どうにでもできるという素晴らしい利点があります。


Awazaの販売

18年目、77期の椅子塾
 何より一番良いことは、以前のデザイン業のように外部から仕事をもらわないと会社を維持できなかったり、デザインを提案しても採用されなかったり、物まねされることを気にしたり、仕事が全然こなくて貴重な時間を無駄にするという下請け業共通の形態と違い、外部のクライアントに全く頼ることなく、全く気兼ねすることなく自分の良いと思う仕事を自由に伸び伸びと出来ることです。さらに定年を気にすることがないばかりか、仕事していても精神的に気持ちよく、楽しく仕事ができることです。
新しいパーソナルチェアーの開発
 良いことばかりではありませんが、仕事がないなら自分で考え仕事を作る、仕事があるということは赤字にしない限り(赤字にしないよう知恵を絞る)収入があり、人との楽しい出会いもありそこから新たなヒントを得ることが出来るということです。こういうと何でも自分ですべてをしているように見えますが実際はそうではなくそれを支えてくれる心強いサポーターがいます。

心強いサポーター・販売店様

 先日、私の会社で販売している「腰の椅子Awaza」を販売して頂いている関西の販売店からのお誘いがあったこともあり大阪、芦屋、甲子園、京都・桂、京都・御池のほか、親しい友人のインテリアの店、気になる家具ショップなどを訪問。パーティーなどで普段会えないデザイナーやそのパートナー、家具会社のオーナーなどの方々と交流する機会もあって現在の自社のビジネスのスタンスなど確認できとても素晴らしい時を持ちました。鹿児島に新しい取引先もでき、久しぶりに今度は九州地区の販売店さん、親しい友人との訪問など計画しています。

 今は山形の工場での自社開発の椅子の打ち合わせや、日本全国にある販売店さんを訪問するのが今の仕事。海外ではなく日本を見て回るのがとても楽しいのです。


甲子園の販売店さん


甲子園の販売店さんのAwaza展示


芦屋の販売店さんでの集まり

海外から学んだこと

 インハウスデザイナー時代の11年の後、アメリカのミシガン州にあるイームズがいたクランブルックに35〜37歳で留学後、大手オフィス家具メーカーの椅子をデザインしている時は毎年、6月はシカゴ、マーチャンダイズマートで開催される「NEOCON」全米家具見本市と、隔年で10月、ドイツ、ケルンで開催される「オルガテック家具見本市」に行くのが、その20年間、アメリカやヨーロッパの家具見本市に行ったあとヨーロッパの各都市や家具工場、家具デザイナーを訪ね回りました。

 直接、海外の現場を見て、話を聞いたことが、肥やしになっていることは確かです。そして海外に行けば行く程、かえって日本の良さが判り、日本人の為の椅子を作ることの意義、意味がわかり、現在のAwazaの活動につながっていることは事実です。


クランブルック留学時代


ケルン・オルガテック家具見本市

家具デザイナー、ハンス・ウエグナーと
家具職人、ppモブラー、アイナー・ピータセン、
カールハンセン、Yチェア−から学ぶ


ハンス・ウエグナー(写真左)とアイナー・ペーターセン(写真右)
 その中で特に今の「木のダイニングチェア」のヒントを得たのも直接、デンマーク、コペンハーゲンに行き生前の故ハンス・J・ウエグナー氏を自宅に訪ね、お会いし、会話し、デザインコンセプトを尋ねたこと。そのあとウエグナーの椅子を作っている、PPモブラーの工場で家具マイスター、アイナー・ペーターセン氏にもお会いし、工場を案内して頂き、技術も含めて詳しく説明していただいたこと。さらに、そのあと国内線飛行機でオーデンセに飛び、絵本から抜き出たような町、オーデンセにある古い小さなレンガ作りの旧カールハンセンの工場を訪問。社長に面会。工場の「Yチェア」の生産現場を直接、案内して頂き、「Yチェア」の大量生産の現場をみたことで「ハンスウエグナー」と「Yチェアー」の関係、デザイナーと生産現場の関わり方を学んだのでした。そのとき感じたことは、「Yチェア」は木製でありながら、これは「事務用椅子」と同じく「工業製品」と同じだと確信したことでした。

PPモブラーの工場・コペンハーゲン


Yチェアーの後ろ足を作っているところ


Yチェアーの背を仕上げているところ


Yチェアーのペーパーコード座を組んでいるところ


ハンス・ウエグナーとスタジオで


アイナー・ペーターセンと工場で


Yチェアーのカールハンセンの旧工場・オーデンセ


Yチェアー

自由とお金

 でもこの気ままな訪問の為に、半端でない多額の費用を使ったことを記さなくてはなりません。情報はタダでは得られないのです。これも事業への投資といえばいえなくもありませんが、時間を自由に設定できる、確保できるフリーランスの強みとクライアントのお金を使うのではなく自分の費用で、決断で行動できる、渡航できる「自由とお金」がなければこのような恵まれたチャンスは得られないのも事実です。

椅子塾の存在理由と世代交代

 椅子塾も18年目の77期がスタートしてはや半分過ぎました。今の塾生さんの中に岡山から毎週来られる婦人がいて、自分の嫁ぎ先の事業の中で家具の製作と販売を立ち上げ、さらに本格的に製品のレベルアップと専門家に学びたいとのことで来られています。今の椅子塾に来られる塾生はこのような理由の方が多いのです。

 丁度、それぞれの製造業も、販売業も親の世代から息子、娘の次世代に移りはじめていて事業の継承とさらに、大手の下請けからの脱却のため自社のオリジナル商品を開発したいというトレンドの流れは今後ますます強くなれこそあれ無くなることはないでしょう。

独立のススメ・デザイナーがメーカーになる

 読者の皆様にもお勧めするのですが、私の経験として、自分で会社を立ち上げ、自営業の仕事というのはとても良いです。1つには定年がないこと。嫌いな仕事や、無理して金儲けだけの仕事だけでならば定年がないことは苦痛でしかないでしょう。

 私は思います。今の日本での働く環境は必ずしも良いとは思いません。その最たる者は正社員が少なく、働く人の40%近くの人が非正規雇用、非正規社員という不安定な状況におかれていることです。会社に勤めていても定年まで安定して働けるかというと必ずしもそうではなく、さらに長寿社会になって定年後も働かざるを得ないという状況です。そう考えると、今の時代ほど自分で自分の会社を立ち上げ、自分で事業を起こすということ、人にわずらわされず定年後も仕事ができる自分の会社を持つということはとても意味を持つ時代に入っているのではないでしょうか。これは「デザイナーがメーカーになる」とも重なります。


現在のAwazaカタログ

10年前最初のカタログ

 しかし、やっている仕事が好きでやりがいがあり多くはないにしても赤字にならず収入があり人から感謝されるような仕事でしたら、やりがいもあり仕事は苦痛ではなく快楽になるのです。本来の仕事というのはそのような楽しいものではないでしょうか。

 このような話をするとたいていの人がこのようにいいます。自分で事業を起こすのは大変だ。成功しなかったら大変なことになる。勤めていた方が安定します。とても私には出来ません。こういうことを言う方は学歴の高い方に多いようです。先に想像を巡らせとても無理という判断です。確かに、自分で事業を起こすのは大変です。でも、無事勤めて定年まで過ごしてもその先のことまで考えると自営業の方が遥かに精神的にも経済的にもリスクは少ないように私は思います。

    2016年4月1日   井上 昇